視線で分かるバイオリン 初心者の改善点 

  • 永松 春乃
  • 8 分

Violinist

先生と生徒の視線の違い

本記事は、アイトラッカーで撮った視線動画がどのようなものかを知りたい人や、アイトラッキングでどんなことが分かるのかを知りたい人に向けた記事です。バイオリンの練習を題材にしたので、楽器の演奏に関心がある人にも読んで頂けたら嬉しいです。

今回は、先生(歴20年以上)と生徒(歴5年。執筆者本人)が同じ曲を演奏したとき、視線がどのように異なるのかを調査しました。熟練度の異なる2人の技能差を深堀して、非熟練者の教育に活かすというアイトラッカーの活用は、実際の技能伝承の調査でもよく行われています。

まずは先生の演奏を見てみましょう。注目していただきたい点は、視線の位置が弾いているフレーズではなくすでに次のフレーズにある点です。

The way a violin teacher looks at you when you are playing the violin.
The way a violin teacher looks at you when you are playing the violin.
<1~2小節を弾いているとき>すでに3小節目を見ている
The way a violin teacher looks at you when you are playing the violin.
<3~4小節を弾いているとき>すでに5小節目を見ている

このような、譜読みと演奏の間に起こる分離は、譜読みと視線に関する研究において、広く”アイハンドスパン(eye-hand span)"と呼ばれています。

一方、生徒の演奏を見てみましょう。主に左指や弓を見ているうえ、適切なタイミングでアイハンドスパンが行われていません。

The gaze of a beginner violinist playing the violin
The gaze of a beginner violinist playing the violin
<1~2小節を弾いているとき>左指周辺を見ている
The gaze of a beginner violinist playing the violin
<5~6小節を弾いているとき>弓を見ている

同じ曲でも、見たところが全く異なっていました。これは、演奏を進行するうえで、必要な情報が違ったからだと考えられます。先生は、「次はどんなフレーズか?」を譜面で確認しながら弾いていたのに対し、生徒は、そのような余裕はなく、「音程や音色は大丈夫か?」を左指や弓の位置を確認しながら弾いていたのです。左指や弓の位置は、綺麗に演奏するための大事なポイントですが、生徒のように演奏中に一音一音ずつ確かめていては、滑らかな演奏は出来ません。一方の先生は、左指や弓の位置は身体に馴染んでいるので、それらを見ずに、譜面と滑らかな演奏に集中出来ていたということです。

視覚性ボトムアップ型注意と視覚性トップダウン型注意

ここで、「視覚性ボトムアップ型注意」と「視覚性トップダウン型注意」という言葉を紹介させてください。どちらも「注意(膨大な視覚情報から、その人にとって重要なものを選択する)」ですが、生じる過程に違いがあるため、この2種類が存在すると考えられています。

「視覚性ボトムアップ型注意」は、複数の刺激のなかで1つの刺激だけ周囲の刺激と顕著に異なる場合や、視覚刺激が突然出現した場合に、その刺激に対して注意が受動的に惹きつけられるものです。例えば、画像Aのなかから正立したヨの字を探すとき、多数の青色の刺激のなかで1つだけ橙色のヨの字が存在するような状況であれば、ヨの字が目立っているので、容易に見つけ出すことができます。

Tobii Blog post - violin study
<画像A>

一方「視覚性トップダウン型注意」は、選ぶべき刺激について事前知識をもっている場合に、能動的にバイアスをかけることによって目的とする刺激を選択することができるものです。例えば画像Bのように、さまざまな形や色の刺激が混在しているために、正立したヨの字が目立たない状況であっても、画像Aから学んだ正立したヨの字の位置や色といった情報をもとに、画像Bからもすぐにヨの字を見つけることができます。

Tobii Blog post - violin study
<画像B>

視覚性トップダウン型注意と楽器演奏に関する考察

譜面はルールに則って作られているので、画像AやBの例のように色や向きが不規則な複数の刺激から目標を見つけ出す必要はありませんが、演奏中になぜそこを見たのか?を考えるとき、後者の「視覚性トップダウン型注意」の考え方が参考になります。つまり、演奏中に見たところは、その人が自分の熟練度に基づいて能動的に選択した刺激なので、熟練者との見たところの違いは、そのまま非熟練者の改善点と捉えられるのではないでしょうか。今回のバイオリンの練習の例では、生徒の改善点は、頻繁に見てしまっていた左指や弓の扱いであると言えます。これらを身体に馴染ませ、音程や音色に自信が持てるように練習し、弾き始める前に譜面を見るような余裕を持てると良い、ということになります。

おわりに

本記事により、アイトラッカーで熟練者と非熟練者を比較することで改善点を知ることが出来ることに加え、テーマの選択として楽器の演奏もあり得るということをお伝え出来ていれば幸いです。

Wurtz, P., Mueri, R.M. & Wiesendanger, M. Sight-reading of violinists: eye movements anticipate the musical flow. Exp Brain Res 194, 445–450 (2009).

小川 正, 視覚探索にかかわる注意の神経情報処理と時間ダイナミクス, 日本神経回路学会誌, 2019, 26 巻, 3 号, p. 62-71

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